佐和山城(さわやまじょう)

別名 佐保城
創建年と創建者 1190~99(建久年間)、佐保時綱
形式 山城

佐保時綱が砦として築いた後、佐々木氏が所有するところとなる。しかし、京極氏に代わった浅井氏が城を奪取、磯野員吉・員昌父子が入城する。織田信長浅井長政が戦ったときにも磯野員昌はよく城を守ったが、調略により織田家に下ることとなった。堀秀政・堀尾吉晴を経て石田三成が城主となる。「三成に過ぎたるもの」と言われた佐和山城を城下共々三成は整備している。関ヶ原の戦いで攻められ落城。井伊氏が旧領に入部したが、本拠は彦根へと移転され城跡は破壊された。破壊された割には旧状は比較的残っている。