森 長可(もり・ながよし)

生没年 1558~1584.4.9
名前 勝三、勝蔵、武蔵守、長一、可長
官位

森可成の子。天正初年より各地を転戦。1582年の武田攻めで戦功により信濃4郡を与えられ海津城に入る。これはかなりの抜擢だったらしい。が、本能寺の変で美濃へ撤兵せざるを得なくなった。

小牧・長久手の戦いでは舅の池田恒興と三河岡崎を突こうとしたが徳川軍の迎撃により討死。

出陣直前に尾藤知宣へ書状をしたためており、「娘は医者に嫁がせるのが良い、決して武士の妻にはしないように」という一節がある。・兄・弟を戦で失ってきた長可の率直な感情が伝わってくる。