島津 貴久(しまづ・たかひさ)

生没年 1514~1571.6.23
名前 虎寿丸、又三郎、左衛門尉
官位 修理大夫、陸奥守

島津忠良の嫡男。1526年本家・島津勝久の養子になるも、その後島津勝久はこの養子縁組を後悔し鹿児島へ戻ってくる。そこから島津実久も含めての争いが起こるが、忠良・貴久が最終的には勝利する。1545(天文14~年に家臣から守護として承認されたのち家内基盤を固め、天文年間末には大名としての権威を確立した